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Old and New Japan Through The Eyes Of A Romantic – Photos By Bruce Fertman

Here are a few photos taken in Japan over the past couple of years. I’ve been visiting Japan annually for 30 years. Not sure how that happened. Now I live here half the year.

Years of study in Aikido, Chanoyu, Kyudo and Zen color what I see, and how I see what I see, not only in Japan. It’s as if my photographic eye has become Japanese. Japan goes wherever I go.

A painter in Santa Fe recently told me that almost all my photos juxtapose weight and uplift, darkness and light, sadness and hope. I, of course, had no idea; was the last to know. Now I begin to see what she sees, and it makes sense. If I am projecting myself into everything I see, then I had to look around to find out who I am.

That would imply that, through these photos, I am showing you a bit of myself.

https://vimeo.com/manage/videos/40307660

これらの写真は、私が過去1、2年の間に日本で撮影したものです。毎年24年もの間、私は日本を訪れてきました。なんでそうなったのか、はっきり理由はわからないのですが・・・。
合気道・茶の湯・禅を長年にわたって学びながら、私に見える色、そして私に見えるものをどのように私が見ているのか、といったことを日本においてだけでなく、他の国にいる時でも学んできました。まるで私の写真家としてのモノの見方は日本人のようになってしまったかのようです。私が訪れる場所がどこであろうとも、いつも日本が私と一緒にいます。
以前、サンタフェ在住の画家が、「あなたが撮ったほとんど全部の写真には、重さとかろやかさ、闇と光、哀しみと希望が並んでいるのね」と話してくれました。もちろん、わたしには何でそうなのかはわかりませんでしたし、いつまでたってもわからないこと、と思っていました。そして今、その時彼女が見えていたことが、私にもわかり始めているので、なるほど、と思うのです。もしも、自分が見るものすべてに自分自身を投影するならば、自分が何者なのかを探しまわらなければならないのです。
何が言いたいのかというと、私は写真を通して、ほんの少しだけですが、私自身をみなさんにお見せしているのです。

 

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